●定泰寺について
当山は、定正山定光院定泰寺と号し、本尊阿弥陀如来を安置しております。 現、御本尊様は、江戸、天和元年、(一六八一年)大仏師、法槁宗而作と伝えられております。
開山は、一三〇〇年代、室町時代に祐仙律師(応永十年(一四〇四年)十月十四日示寂)によって 開かれました。室町永正(一五〇〇年代)の頃、栄雄和尚(永正五年三月十五日示寂)によって
中興開山され、江戸、元禄十三年(一七〇一年)栄雅和尚(享保元年十月四日示寂)によって、 現法流を相続し、現在は真言宗智山派に属しております。
真言宗の宗祖は、弘法大師、中興の祖は興教大師です。総本山は、京都東山、五百佛山根来寺智積院、 大本山は成田山新勝寺、川崎大師平間寺、高尾山薬王院です。別格本山は、東京日野、高幡山金剛寺、名古屋、
大須観音寶生院、栃木、出流山満願寺です。
真言宗の教えは、私達が、この身このままで仏になれることを「即身成仏」といいます。 私達は、御本尊様(大いなる生命)に心を向け、他に対し、慈しみの心を持ち、日々、行動、実践することで、本来の自分「一切衆生悉有仏性」に気づき、安らかな心を得ることができるのです。これが即身成仏への第一歩です。
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「本堂内陣」
奥の宮殿には御本尊の阿弥陀様をお祀りしております。 |
「本堂」 |
「あずまや」
お参りの際、休憩ができます。 |
●住職の紹介
私は、昭和四十一年に当山で生まれ、平成元年、宗立大学、大正大学を卒業し、 数年間、地方公務員として奉職した後、平成五年に、総本山智積院化主貌下より、当山中興第二十四世
住職に任命されました。当時は、地域住民一〇〇戸あまりの菩提寺で、先代までは教職をとりながら 法灯絶えることなく、寺を護ってまいりました。
私は当山住職になって平成五年にまづ、私財をなげうって、自力で山林を伐採、墓地の造成をしました。 墓地内の通路も、大学の友人(僧侶)とコンクリートをながし造成しました。振り返りますと、
自分ながら、真夏の炎天下、よくやったと思います。当時、公務員時代の退職金をはたいて植えた、 カナメの垣根がとてもなつかしく感じられます。その後、たくさんの方々のご縁を頂き、檀家様が増加してまいりました。
また、自らも、身を引き締め、法務に専念してまいりました。その結果、平成十四年に本堂が再建され、鐘桜堂 など新築され、山内が一新致しました。実に住職任命されて、十年のことです。これもひとえに、広大なる御本尊様
のご加護のもと、たくさんの方々の温かいご縁をいただき、支えられた結果だと感謝しております。
当山は、いろいろな仏縁を通して、檀信徒に限らず、開かれたお寺、仏事等何でも気軽に相談できるお寺、 また、儀式法要を通して、少しでも皆様の心に安心がえられ、毎日が、はりのある幸福な生活ができればと願っております。 合掌
定泰寺中興第二十四世 山岡明浩
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